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デジタル・メディアの隠喩とリテラシー
水越伸、『アウラ』No.145、フジテレビ調査部、2001年2月

 僕は昨年来、メディア・リテラシーの実践的な活動、メルプロジェクト(Media Expression,Learning and Literacy Projectの略、「メディア表現と学び、リテラシー・プロジェクト」)に取り組みはじめている。これは、教師、ジャーナリスト、研究者、放送人、市民運動家など、異なる領域にいて、しかしメディアの未来について同じ志をもつ人間のネットワークから成り立っている。5名のコアメンバーを中心に、現在約40名の人々が参画している。

 ある時メルプロジェクトの仲間から、メディア・リテラシーというのは一つ一つのメディアで独立してあるんだろうかという疑問が挙がった。たとえばテレビ、新聞、インターネットなど、それぞれ独特なメディアだから、僕たちはそれぞれのメディアごとにリテラシーを身につけなければならないのだろうか。だとするとデジタル・メディア社会を生きることは、なかなかしんどいなぁという話だ。
 あれこれ考えてみたのだが、この疑問にきちんと答えるのはなかなか大変なことだ。どうもそのためには、メディア・リテラシー論を、原理的なメディア論と結びつけて論じる必要がありそうなのである。このエッセイは、その答えを用意することからはじめ、デジタル・メディアと僕たちの身体や日常生活の関係について、二つの新しい枠組みを示しながら論じてみることにしたい。

1.日常生活とメディア・リテラシーの基層
 メルプロジェクトではメディア・リテラシーを、メディアの意味や構造を読み解き、メディアで自らを表現することによって、新しいコミュニケーションの回路を切り開いていく活動だととらえている。まちがったことは言っていないけれど、決して目新しい定義でもない。しかしメディア・リテラシーには、マスメディアを批判的に読み解くとか、デジタル・メディアを活用して表現するといったこと以前に、もっと基層的な営みがあるんじゃないかと言うことを、僕はこのところずっと考えてイライラしていた。
 別の言い方をしてみよう。僕たちがメディア・リテラシーと言うとき、普通は小学校の高学年くらいから成人までの、いわば物心がしっかりついている人間の活動としてとらえがちだ。だけど人はもっと幼いときに、メディアとのつき合い方を身につけているんじゃないだろうか。そういう一番基層的なところに立ち入っていかないと、じつはメディア・リテラシー論というのは、うわついた議論で終わってしまいかねない気がしてしようがないのだ。
 メディア・リテラシーの基層的な営みとは、たとえばどんなことか?僕は息子が7〜8ヶ月の時にやったことで、今でも鮮明に憶えていることがある。書物のパラパラめくりができるようになったときのことだ。
 息子は絵本が大好きだったが、それまでは厚手の板状のページをめくることしかできなかった。ところがある日、薄い紙のページをパラパラめくれるようになり、夢中でそれを繰り返していたのだ。書物のパラパラめくりというのは、書物のはじを手で押さえ、親指を少しずつ動かすことでできる、一つの身体技術だ。もう少し詳しく言うと、薄紙の集合体を両手で持ち、親指と親指以外の指ではさみこみ、少したわませ、その際に生じた反動力を、親指の微妙な動きで調節しながら解放することで可能になる。僕たちは普通無意識にこれをやっているけれど、子供たちにはとても複雑で、むずかしいことなのだ。表紙の厚さを瞬時に見きわめ、それにあったたわませ方をし、紙質に応じて親指の動かし方を微妙に調整しなければならない。最近のロボットは卵を割らずに持つことができるらしいが、パラパラめくりはまだ無理じゃないんだろうか。いずれにしても僕の息子に限らず、本というメディア文化に親しんでいる地域では、誰もが幼児期のある段階で、さまざまなかたちの本で繰り返し試行錯誤をし、やがてようやくパラパラめくりができるようになったのである。それは、僕たちが持つもっとも基層的なメディア・リテラシーの一部だといえる。
 生後数ヶ月から1年くらいまでの子供はみんな、メディアが大好きである。電話が大好きですぐに出たがったり、コンピュータのキーボードを勝手にいじったり、興奮するとテレビをばんばん叩いたりする。うちの息子は、ファックスにも夢中だった。受信した内容が巻紙に印字されてマシンから出てくるのにあわせ、身体をスルメイカのようにくねらせて紙の動きのマネをしたものだ。
 僕たちはみんなこういう経験を人生のごく幼い時期に積み重ね、日常生活を取り巻くさまざまなメディアに対する認識を手に入れ、それらとの関係のしかたを学び、コミュニケーションをするようになっているはずなのである。そうした状況の中では、メディア・リテラシーはおそらく個別バラバラにあるのではなく、僕たちの身体を中心としてたがいに関係し合うシステムをなしているのではないだろうか。たとえば本のパラパラめくりができることは、雑誌や新聞にも応用される。テレビの操作とテレビゲームの操作、ビデオの操作は似ていて、たがいに重なっている。手紙を書くことと電子メールを書くこともまた、表現活動として同じ系統のものである。
 このようなメディア・リテラシーの基層体系はおそらく、個人差をはらみながらもある時代のある地域で相当共通しており、それが共通のメディア文化を支える要因になっているはずだ。ぎゃくに言えば国のちがいや世代のちがいによってそのかたちがちがってくるのだろう。

2.メディアの隠喩体系
 ところで僕たちは普通、メディアという対象を一つのまとまりのあるイメージとして捉えている。たとえばテレビには撮影技術、送信技術、受信技術などさまざまな次元と系からなる技術がある。テレビ受像機には複雑な仕組みがあり、テレビ番組は精緻に編成されている。番組にはそれぞれ物語性が埋め込まれていたり、意味解釈の手法があったりする。僕たちがテレビを利用するときには、実はとてつもなく複雑な技術的、産業的、文化的システムを相手にしているわけだ。
 しかしそんなことを一々考えながら利用するわけにはいかないから、僕たちはテレビについてあるまとまりのあるイメージを持ち、そのイメージに対して働きかけ、日常生活の中に編み込んで活用している。このようなイメージ作用は何もメディアに限ったことではなく、人間が外界の事象を認識するときの常套手段だといってもいいだろう。
 先ほどメディア・リテラシーの基層体系という仮説を示したけれど、私たちがメディアとつき合い、関係を取り結んでいくためには、そのメディアに対するまとまったイメージを持つことが不可欠なはずである。言い換えれば僕たちはメディアを、「ナントカのようなもの」としてとらえ、それに向けて働きかけ、日常生活の中に位置付けているわけだ。パソコンの画面は「テレビのようなもの」、携帯電話は「電話のようなもの」、電子メールは「郵便のようなもの」、PDA(Personal Digital Assistance)は「手帳のようなもの」。僕たちは新しいメディアを必ず、伝統的で、すでに日常生活に定着しているメディアの延長上でとらえようとするものだ。このように考えてみると、日常生活に編み込まれたメディアのダイナミズムは、私たちの中で、構造性のある比喩から成り立つ一つのまとまったイメージ、すなわち隠喩の体系をもっていると想定できるのではないだろうか。
 このような隠喩の体系が張り巡らされた中心には、僕たちの身体がある。手や腕、脚、頭や目、鼻、口といった器官を使いこなし、僕たちは生活をし、文化を営んできたのだ。ものの大きさや、動き、価値などは古くから、こうした身体の諸器官を単位としてとらえられてきた。僕たちは世界を身体というメディアを基本単位として認識し、それに対して働きかけてきたのである。マーシャル・マクルーハンが、メディアを身体の拡張装置としてとらえたことには、こうした伝統が背景に横たわっていたのである。

3.デジタルがあふれ返る社会
 以上のようなメディア・リテラシーの基層体系とそれと対をなす隠喩の体系を下敷きにすれば、僕たちが日常生活の中でメディアと関わっている状況のかなり基本的なところをとらえなおしてみることができるんじゃないだろうか。現在僕たちの毎日の暮らしの中には、さまざまなデジタル・メディアが姿をあらわし、あふれ返っている。そうした現象を一昔前は高度情報化と騒ぎ立て、最近はIT革命などと呼んでいる。しかしそんなオジサン臭い、ベタな言い方ではメディアの生成と展開のありさまはまったくとらえられない。デジタル・メディア社会に生きることがもたらす速度感や、テクノロジーに接続されないと暮らしていけないヒリヒリした感覚。かつてメディア・アーティストの藤幡正樹は、デジタル情報を扱うことの空虚さ、頼りなさを「ひゅーらら感覚」と呼んだ。誰もが感じていながら、意識して論じられることが少ないそうした日常のリアリティはいったい何なのだろう。
 デジタル・メディアの横溢は、僕たちが文化として継承し、幼い頃から身につけてきたメディアの隠喩体系に影響を与えずにはおかない。たとえば僕たちの日常生活の中で、電話というメディアは長い間、有線据え置き型という姿をしていた。エボナイトでできた頑丈な黒電話というヤツは、数十年の間姿を変えず、僕たちの隠喩の基本になっていた。携帯電話が普及しはじめた90年代前半になると、多くの人々はそれを、「電話線が切れた受話器のようなもの」としてとらえ、街で活用しはじめたのだった。
 ところがiモードが定着し、電話機能を持ったPDAが現れた昨今、この隠喩体系が安定したものではなくなってきている。これは電話なのか。あれは電子手帳なのか。「ナントカのようなもの」というまとまったイメージが突き崩されてしまうのだ。携帯メディアの文化的イメージは、たえず更新される情報技術と、巧妙な商品企画によって、今後もずっと変貌し続けるに違いない。このことが僕たちのメディア文化にとってどんな意味をもたらすのか。
 そして基層的なメディア・リテラシーも混沌としている。安定しない隠喩体系の下で、僕たちはメディアとのつき合い方、メディアに対する振る舞い方をしっかりと定着させることができない。文化的に受け継ぎ、子供の頃に身につけたメディア・リテラシー体系が、次々と現れるデジタル・メディアをうまく生活に編み込むことが出来ないということになる。
 デジタル・メディアが人間や社会に与える混沌とは、およそ以上のように解釈することができるだろう。このような状況に対してどのように対処していけばいいのだろうか。たとえばフィンランドの世界的な携帯電話企業であるノキアは、一つの明快なビジョンを打ち出している。ノキアのビジョンには、「モバイル情報社会を目指して」というスローガンがある。モバイル情報社会とは、むき出しの情報機器やメディアが無秩序にあふれ返るような世の中ではない。家庭でもオフィスでも、なるべくそれらが迫り出さないようなデザインをハードにもソフトにも施し、社会環境をも整えようとしている。人々は郊外のゆったりとした住居に住まい、共同体の中に育まれて暮らし、快適な交通手段を使って人間中心に設計されたオフィスに通ったり、自宅のオフィスで仕事をこなす。北欧家具と同様の人間中心主義の精神に裏打ちされた生活の中で、メディアは必要最小限露出し、しっかりと既存の隠喩体系に組み込まれながら、新しい機能を人々に提供する。その新しい機能に対するメディア・リテラシーの育成をも支援しようと言うのである。ノキアが素晴らしいと言いたいのではない。そのビジョンの是非はともあれ、21世紀のメディア企業は、何らかのかたちでメディアと社会のあり方のビジョンを示し、人間環境とメディアのかかわりをきちんとデザインする姿勢を見せる必要があるだろう。

4.新しいメディアが姿をあらわすとき
 ここで新しいメディアが社会に姿をあらわすときのことを考えてみよう。
 まず人は新しいメディアを新しいととらえるとき、必ず二つの認識作業をしているはずだ。一つは、それが既存のメディアのどれかと似たものだとしてとらえるということ、つまりは先行メディアの隠喩体系を参照し、新規な事物に文化的記号を与えている。もう一つは先行メディアの隠喩体系からはみ出たところを探査すること。すなわち既存メディアの隠喩体系に新しいメディアを重ねて、共通部分とちがう部分を見出しているのである。
 この時もし、新しいメディアのイメージがすべて既存の隠喩体系内におさまってしまうようなら、そのメディアは新しいとは認知されない。一方で新しいメディアが、いずれの先行メディアの隠喩体系にも重ならないとき、人々はそれを認知することができない。これまでのいかなるものにも似ていないようでは、人はそのメディアについてイメージを持つことができないからである。
 アメリカにはじめてテレビが現れた1930年代、それはいくつかのイメージを背負っていた。三つの主要な隠喩があったのである。まずおもにラジオ放送局や受信機メーカーからなる陣営は、テレビを「絵が出る小窓がついたラジオ」として売り出した。ハードウェアも豪華ラジオにほんの数インチの四角い窓がついた代物だった。しかしそれだけではなかったのである。電話会社はテレビを電話の付加価値サービスに仕立てたかったので、「見える電話」、すなわちテレビ電話として実験を開始した。さらにハリウッドの映画会社は、「自宅に居ながらにしてみられる映画」、いわゆるホームシアター構想のために有線テレビをはじめようとしていた。リビングルームは小さな映画館だというのである。
 テレビという新しいテクノロジーは、今日信じられているようにもとから放送業界のものではなかった。信じられないかもしれないが、草創期のテレビ技術は、ラジオ技術とはほとんど関係せずに発展していたのである。だからそれがアメリカで世界に先駆けて社会化していくとき、先に挙げた三つの産業界が、それぞれ異なるスローガンを打ち立て、先行メディアの隠喩体系を引用しようとしたのだった。そして結果として定着したのが、「絵が出る小窓がついたラジオ」としてのテレビだったのである。こうしてテレビはラジオの後継者となるが、それは歴史上、はじめから運命付けられたことではなかったのだ。
 1950年代後半に入ってテレビは独自の文化と産業領域を確立し、「絵が出る小窓がついたラジオ」であることをやめる。テレビそのものとしての隠喩体系を形成するようになったのだ。同時にそれは、ラジオとは異なるメディア・リテラシーの基層体系を生み出して行くことになった。このようなダイナミズムは、現在のデジタル・メディアのあいだでも進行していることを忘れてはならない。
 
5.BSデジタルのかたち
 さて、ここにきて本誌編集部から依頼のあったデジタル放送の話題に、ようやくたどり着くことができる。限られた分量しか残されてないけれど。
 BSデジタルが普及するのか、しないのか。テレビやチューナーが予想以上に売れているという情報や、初期の赤字状況をどのように切り抜ければよいかといった経営課題などとともに、業界関係者のあいだでもいろんな予想や憶測が飛び交っている。その子細について、僕はあまり興味がないけれど、これまで説明してきた新しい枠組みを用いると、この新しいメディア技術がどのように世間で認知されているか、そこにある課題は何かということを浮き彫りにすることはできそうだ。
 まず言えることは、今のBSデジタル放送は、これまでの放送の隠喩体系の中にほとんど留まっていて、まったくといっていいほど外にはみ出していないと言うことだ。それはハードとソフトの業界が全体としてそのようにし向けたのかもしれないし、視聴者がそのように解釈した結果なのかもしれない。どっちにしても量販店の売場に1時間でもいればよくわかる。BSデジタル放送は、「これまでのテレビがきれいになって、少しテレビゲームのような要素が加わったようなもの」としてとらえられているのだ。
 BSデジタル放送がこれまでの放送の隠喩体系からはみ出ていないと言うことは、それが新しいメディア・リテラシーを取り立てて要求しないと言うことを意味する。僕たちはこれまでのテレビやラジオとのつき合い方に、ちょっとだけテレビゲームやパソコンのような要素を付け加えてこのメディア技術に対処していくことができる。ここでいうメディア・リテラシーとはもちろん、たんにハードの扱い方だけを意味しているわけではない。コンテンツとのつき合い方についても言える。たとえば自らが放送で表現するためにメディアにアクセスすると言った能動的なリテラシーは、BSデジタルラジオの一部を除けば必要とされていない。これはインターネットに較べればずいぶん楽なメディアである。
 しかし楽だということは両刃の剣だ。楽だということは、それだけこれまでの放送のマーケットを継承しやすいと言うことを意味する一方、新しさは感じられにくい。新しさが感じられにくいと言うことは、独自の持ち味が見えにくいと言うことである。しかも現代日本ではテレビはいまだにもっとも強い影響力を持ったメディアだ。それは強い隠喩体系と、確固たるメディア・リテラシーの基層体系をもっている。BSデジタル放送がよほどしっかり自らを位置付けないと、それは既存の隠喩体系に飲み込まれてしまう可能性は高い。そうなってくると実験的な番組がオンエアーされていても、それを期待するメディア・リテラシーをもった人々が寄りつかなくなるというおそれがある。
 そんなことはかまわない。BSデジタル放送は、地上波放送の本流を継承し、我が国の基幹放送を担っていくのだから、という意見は少なくないだろう。しかし放送をはじめとするメディアの栄枯盛衰の歴史を振り返ってみても、僕はBSデジタル放送というメディアが普及、定着するためには、新しい革袋にふさわしい、新しいかたちと中身を持つべきだと思っている。それが国策的に展開されたデジタル放送の担っている社会的責任であろう。また新しい魅力なくしては、表現者である送り手たちが活性化しない上、独自のビジネスモデルにのっとった経営が成り立たない。
 デジタル・メディア社会の中には、放送以外に多様な映像メディアが競合しはじめているのだ。インターネットに接続可能なノートパソコンや携帯メディアがあれば、私たちはすでにサイバースペースでさまざまな映像作品や音声コンテンツを享受できるようになった。それに加えてビデオカメラをもっていれば、自らメディア表現や情報発信を簡単にできるようになってしまった。そのことが映像メディアの隠喩体系をどれだけ組み替え、新しいメディア・リテラシー活動のおもしろさをどれだけ人々に与えていることか。
 これまでの放送の隠喩体系とそれと対をなすメディア・リテラシーの基層体系を継承しながら、一方で新しい部分、伝統からはみ出していく部分をはっきりと指し示していく。かつて「絵が出る小窓がついたラジオ」が「テレビ的なるもの」として数十年の歳月を経て変容し、独立していったようなことが、デジタル放送に引き起こせるのだろうか。僕はその行方を、僕たちの身体感覚や日常生活のリアリティの中にいながら、じっと見守って行くつもりである。

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