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メディアリテラシーの種蒔き:メルプロジェクト、5年の軌跡から
水越伸、『民間放送』第1694号、社団法人日本民間放送連盟、2006年3月

 メルプロジェクトが五年間の活動を終えた。
 民放業界の方々のなかには、メディアリテラシーとの関わりでこの名前をどこかで聞いたことがある人がいることだろう。市民のメディア表現、学びとリテラシーに関する実践的な研究グループで、全国各地の研究者、大学院生、放送を関係とするマスメディア関係者、学校の先生方やNPOや市民団体の人々など、多種多様な人々が約八○名が、東京大学大学院情報学環に拠点をおきながら活動を展開してきた。メルプロジェクトでは、放送や新聞、本といったマスメディアからインターネットやケータイまで幅広いメディアについて、メディアリテラシーだけではなく、メディアアートに近いような遊びから、市民のメディア表現を育成する実践活動までをゆるやかに結びつけながら活動をおこなってきた。

 去る三月四日、五日の二日間にかけて、東京大学本郷キャンパスでおこなわれたシンポジウム「メディア表現、学びとリテラシー:メルプロジェクトの播種(播種)」は、二日間で約二五○の参加者を集め、このプロジェクトの五年間の軌跡をたどると同時に、それらがより広い社会の動き、たとえば市民参加、循環型地域社会作り、専門家と市民の対話などといった活動と深いところで結びつき合っていることを明らかにした。さらに、メディア社会のあり方について共通の問題を抱える韓国、台湾の研究者らとともに、「東アジアにおけるメディア・リテラシーをめぐる協働活動へ向けての東京宣言」の試案を発表し、今後は国を超えて協力し合うことを確認し、その際の基本枠組みを設けることができた。
 メルは二○○一年初頭にはじまった当初から、五年間限定で活動すると明言してきた。その約束通り、このシンポジウムを持って幕を閉じたのである。詳細については、ホームページをごらんになっていただきたい。
 この五年間、八十余名のメンバーは、七百人を超えるサポーターに支えられつつ、約三○のプロジェクトを展開し、四二回の公開研究会、六つのシンポジウムをこなし、六冊の本を刊行した。文字通り全力疾走だったといえる。最後の一年、全体のコーディネートをした立場にあるものとして、これまできびしいご批判とあたたかいご支援をくださったすべてのみなさまに心から御礼申し上げたい。メルは心ある人々のきずなで成り立っていたギルド集団だった。みなさまの支えなしには何もできなかったといっていい。
 
 メルプロジェクトと民放連との関わりは深い。
 まず二○○一年、○二年と、民放連メディアリテラシー・プロジェクト(民放連プロジェクト)を共同で展開した。目標は、民放連加盟のローカル局と、地元の学校やNPOなどの子どもたちを結びつけ、番組作りを通してメディアリテラシーを身につけていくプログラムを作っていくこと。テレビ信州、東海テレビ、東日本放送、RKB毎日放送の協力のもとに四県でおこなわれたこの活動には、二つの仕掛けが組み込まれていた。まず、子どもたちがテレビを批判的に読むのではなく、能動的につくることからはじめること。つくること、表現することを進めることで、より深い読みを喚起するという仕掛けである。もう一つは、受け手である子どもたちだけではなく、送り手である放送人もテレビというメディアをあらためて学ぶということだった。その成果は二冊の報告書となり、さらに『メディアリテラシーの道具箱:メディアを見る、つくる、読む』という本となって刊行された。
 次に○四年、やはり民放連との共同で「放送の送り手と受け手の対話ワークショップ」を実施した。これは放送の送り手と受け手のあいだに横たわるさまざまなギャップを乗り越え、よりよいコミュニケーションの回路を作るための場をデザインすることが目的だった。テレビがない架空の島国というのを想定し、その国のテレビの仕組みや文化を、送り手と受け手が一泊二日のワークショップを通じて共同作業を展開しながら構想をしていく。その過程で対話を深めていくという型破りなこのワークショップは、東京と山口の博物館を活用して実施された。
 メルの五年間で出会った諸外国の研究者や活動家は、民放連プロジェクトに一様に驚く。多くの国でメディアリテラシーといえば、子どもたちや市民がテレビ番組を批判的に読み解く活動であり、放送とのあいだにはある種の敵対関係があるものだからである。ところが民放連プロジェクトは、よりしなやかでしたたかな視聴者を育むとともに、送り手のメディアリテラシーも視野に入れ、表現と批評の循環的な関係を見出してきた。もろもろの課題はあるものの、その独自性と展望は世界的に評価をされつつあるといっていい。
 学問だけではなく、実務でもその成果は現れつつある。民放連は来年度、先の民放連プロジェクトの発展版の実践を、全国の加盟局に公募をかけて進める。そこには予想をはるかに上回る応募があったという。わずか数粒の種が芽吹き、花を咲かせ、そこから綿毛をつけた種が春風に乗って全国のあちこちに飛び散り、また芽吹きつつある。そういう実感を強く持つ。
 最後にこれらを踏まえた上で、放送のメディアリテラシーをめぐる課題を二つあげておきたい。第一に、番組作り、映像作りを超えた活動をいかに展開させるか。放送のメディアリテラシーは、番組作りのノウハウに終始しない。たとえばアーカイブを活用した放送の歴史や、諸外国の番組との比較による文化のちがいへの気づきは、とてもおもしろい活動になるはずだ。第二に、そろそろ対象を青少年に限るのをやめてもいいのではないか。メディアリテラシーは、老若男女、すべてにとって重要な営みのはずだからである。
 民放関係者には、今後もぜひメディアリテラシーの種蒔きを続けていただきたい。僕もこれからも、みなさんと一緒に種を蒔いていくつもりだ。

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