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リテラシー・メディア・コミュニティ
山内祐平/平成14〜16年度科学研究費補助金基盤研究(B)(2)研究成果報告書/2005年

表現と受容の循環性とそれを支える共同体の創成
1.メディア・リテラシーを学ぶための原則

 メディア・リテラシーは、文字のリテラシーを拡張した概念である。それを学ぶための原則も、文字のリテラシーを学ぶための原則を引き継ぐものもあれば、メディア社会の特徴から新しく考えなおさなければならないものもあるだろう。ここでは、古くから連綿と続いている学びの動機の問題から考えていきたい。

1-1.学びに意味を持たせる
 日本で読み書きの学習というと、漢字を苦しみながら覚えるというイメージがある。アルファベット圏でいえば、つづりを覚えるという活動がこれにあたるのだろう。
 従来、リテラシーの学習というと、このような基本的な部分を「がまんして」習得して、その後で、応用的な表現形式と意味の対応をはかるという方法が多く用いられてきた。
 この方法は、「がまんできる」学習者にとっては有効な方法かもしれない。しかし、多くの学習者は、無意味な学習に耐えきれずにこの段階でつまずくことになる。
 教育や認知に関する様々な研究から、学習者は意味を感じられる環境では様々なことを学ぶが、そうでない環境では有能性を発揮できないことが明らかになっている。リテラシーの学習も例外ではない。最終的にはどこかの段階で操作的な学習を行わなければならないが、それが無味乾燥なものではなく、何らかの形で学習の意味につながっているという実感が持てることが重要なのである。
 フレイレの識字教育の方法論は、意味を確保しながらリテラシーを学ぶための方向性を指し示しているだろう。彼が行った日常世界について語り合うことからリテラシーを学ぶ方法は、メディア・リテラシーを学ぶ際にも参考になる。
 たとえば学際情報学府の授業である情報リテラシー論において設計された「新しい生き方マガジンを作ろう」というワークショップは、意味と学習の関係において示唆的な実践であった。これは子育て世代の主婦が自分たちの生活に関する情報を交換し、コミュニティを作るという意味の世界と、メディア・インキュベーションを学ぶというメディア・リテラシーの概念を上手に接続したものである。もしこの講座が通常の操作中心の講義であれば、4回の実践で継続的にメールマガジンを発行する状態までたどりつくという結果には至らなかっただろう。

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