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大学におけるメディア・リテラシー mell公開研究会2003.11
北村順生/2003.12

「大学におけるメディア・リテラシー:誰が、何を、どう学ぶのか」

4人の登壇者をお招きした11月の公開研究会は、「大学におけるメディア・リテラシー」をめぐりシビアで真摯で率直な意見が交わされました。テーマがテーマだけに、と予想していたとおり発言はさまざまな角度からなされ、「いまの発言は口外禁止」と注意(?)が飛ぶこともしばしば。およそ60名の参加者を集めた会場が緊張感で静まり返る場面も多く、実りある会となりました。ご登壇いただいたみなさまにあらためてお礼を申しあげます。

2003年11月メルプロジェクト公開研究会

○ 日 時  11月22日(土)午後3時〜5時30分
○ 場 所  東京大学本郷キャンパス 大学院情報学環暫定建物二階会議室
○ 参加者  約60名
○ テーマ  「大学におけるメディア・リテラシー:
                 誰が、何を、どう学ぶのか」
○ 登壇者  音好宏(上智大学新聞学科助教授)
       白水繁彦(武蔵大学社会学部教授・学部長)
       河西由美子(玉川大学専任講師)
       ペク・ソンス(神田外語大学専任講師)
       司会:水越伸(東京大学大学院情報学環・助教授)
○  概 要
 教育機関としての大学は、メディア・リテラシーとどのようにかかわり合うことができるのか。今回はこの悩ましくも深刻な問題について、それぞれ独自の立場からアプローチをしている4名の登壇者からの現状報告と問題提起がされました。
 まず、河西さんからは図書館学を専門とする立場からの情報教育の現状と全人教育の伝統を持つ玉川大学での実践)について報告がありました。音さんからはイエズス会以来の伝統に根ざした上智大の新聞学科について、単に職業人としてのジャーナリスト養成を目指すのではなく「ジャーナリズム的思考」の涵養が重視されていることが紹介されました。また、社会人向けメディア・リテラシー講座の試みにも触れ、学生向けとはまた異なる可能性と課題について指摘がありました。
 ペクさんは数多くのメディア・リテラシーの実践体験を総括して、第一にメディア制作に関する実践的・技術的学習、第二に既存メディアに対する批判的解釈や分析、さらに第三として社会に開かれたオルタナティブなメディアへの展開、という三つの段階が想定できると整理しました。同時に、多くの学生や教員の間では、第一段階に留まってしまう傾向があることも問題点として挙げられました。
 白水さんは、武蔵大学に来年度新設されるメディア社会学科の紹介を中心に、社会学部の一部として「社会学的想像力」の習得を主眼としていることを強調していました。また、今後の大学教育においては、メディア・リテラシーがリベラル・アーツの基礎教育の一環として位置づけられていくべきだとの提言もありました。
 討論で話題になった一つは、やはり評価の問題です。この点で音さんからは、メディア・リテラシーの評価に際しては複数の物差しによる複眼的な評価が不可欠であるとの指摘がなされました。その他、理論と実務的教育との関係の問題、メディア・リテラシーを学内的にどのポジションに位置付けていくのかという問題、あるいは実践面で先行する小中高との連携の問題など、数多くの興味深い問題が提起されました。
 大学という場においては、工夫をこらした意欲的な実践が可能な反面で、個々の教員の属人的な努力に負う面も大きいため、問題を抱えたままの実践が無反省的に増殖していく危険性もあります。今回の試みのように、教育面においても大学間での情報交流の機会が重要であることを再認識した研究会でした。

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