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メルプロジェクトの相貌(5)コミュニティ/循環/公共性 mell公開研究会2006.1
鳥海希世子/2006.2

「メルプロジェクトの相貌(5)コミュニティ/循環/公共性——新しいパブリックな場を創造する」

1月公開研究会は、メルの5年間の活動を振り返る「メルプロジェクトの相貌」
シリーズの第5回。シリーズ最終回にふさわしく、「コミュニティ/循環/公
共性」という広がりのあるテーマに多くの参加者が集まりました。登壇者のお
話は多岐にわたり、多様な意見が飛び交う場となりました。

2006年1月メルプロジェクト公開研究会 報告

 日 時 2006年1月28日(土)午後2:00〜5:30
 場 所 東京大学本郷キャンパス情報学環アネックス2F会議室
 参加者 約60名
 テーマ 「メルプロジェクトの相貌(5):
     コミュニティ/循環/公共性——新しいパブリックな場を創造する」
 登壇者 報 告 :小川明子(愛知淑徳大学)
          伊藤昌亮(東京大学)
  コメンテーター:五十嵐太郎(東北大学)
          白石草(OurPlanet-TV)
  モデレーター :長谷川一(東京大学)

□ 「メルプロジェクトの相貌」と題してメルの5年間の活動を振り返るシ
リーズも最終回を迎えた。今回のテーマは、3時間では到底足らないと思わ
れる「コミュニティ/循環/公共性」という壮大な3つのキーワードから成
る。まず2名の報告者より、メルや自らの行ってきた実践にこれら3つのキー
ワードをひきつけながら、実践としての「新しいパブリックな場の創造」と
その意図について発表があった。
 小川明子さんは、地域メディア研究の視点から「パブリック・アクセス
(放送への市民参加)」の現状を批判的にとらえつつ、「民放連プロジェク
ト」や「アジアの不思議−ローカル版」などについて振り返った。東京を中
心に構成されるマスメディアからのイメージに多くの人々が自明的に接して
いるなかで、地域における送り手と受け手の循環や公共性はいかにして作ら
れるのか。地域内の異文化交流が生み出す「プチ公共性」を説きながら、メ
ルに関わるワークショップやプロジェクトを通してローカル・アイデンティ
ティが紡ぐローカル・コミュニティの重要性を再考させられたと述べた。
 伊藤昌亮さんは、一昨年および去年のメルプロジェクト・シンポジウムで
来場者を巻き込みながら異様な盛り上がりを見せた「メディア・バザール」
を振り返った。まず企画者の1人として、売り手と買い手としての送り手と
受け手の間を取り結ぶ「流通」システム、そしてそのシステムの「身体化」
に着目したという思惑を説明した。「メディア・バザール」ではモノだけが
売られたのではなく、売り手の発言や行為、もしくは売り手と買い手のやり
とりそのものが一つの表現活動となって売買が行われた。「流通」への着目
が、「表現」「流通」「受容」は切り離して考えることができないというコ
ミュニケーションの総合性を気づかせることになった。また伊藤さんは、メ
ルが行ってきたワークショップのイベント性に見られる一時的自律空間(TAZ)
とプロジェクトの継続性・実効性の連関の問題に言及した。
 これらの報告を受けてコメンテーターの白石草さんからは、「毎日がバザー
ル」と自らの活動(OurPlanet-TV)を評しながら、オンラインメディアの
運営を支える人と人の直接的な結びつきやコミュニティ、また語られること
の少ない資金面の切実さと公共性とのつながりについて指摘した。五十嵐太
郎さんは、都市のイメージや地域の中で人々がふらりと集まる小さな空間に
ついて述べた。また、著作権や肖像権の問題から議論を呼んだ映像作品「ワ
ラッテイイトモ、」の審査とその後の上映会に携わったことの、「ビデオが
旅をする」ようなオルタナティブな流通体験にも話が及んだ。
 壮大なテーマのもとに行われた今回の研究会では、話題が多岐に渡った。
発言者一人一人の視点における「コミュニティ/循環/公共性」が非常に面
白かったからこそ、逆に、それらが一つのステージに提示された上での議論
の展開はとても難しかったように思う。個人的には、地域のコミュニティに
よる実践活動に感心があるので、プロジェクトやワークショップの継続性と
日常生活との関連を、中間的自律空間(!?)のもとに考えてみたいと思った。

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